隣の音

とある休日の事。

暇だったので漫画喫茶に出かけ、気になった漫画を2、3読んだ。

その後に個室を借りてPCで映画を見ていたのだが、ちょうどその映画が中盤に差し掛かったあたりの事だった。

──カリカリカリカリ。

そんな音が聞こえ始めたのだ。

大きな音ではない。

集中している時に聞かされたら気になる、というくらいの微妙な音量だった。

音のしている方向はというと、すぐ横の壁のようだ。この壁を指先で、爪を立てて軽く引っ掻いたら、こんな感じの響きになるのではなかろうか。そんな風に判断できた。

となると、犯人は隣のスペースの客、という事になる。

なにしろ漫画喫茶の個室だ。2畳程のスペースが薄い板壁で区切られ、一方に入り口のドアがあるだけの空間である。もちろんスペースに天井などない。箱を並べたような簡単な環境だから、音なんて筒抜けと言っても良いだろう。

大きな音ではないと言っても、迷惑な話である。

が、知らない相手に壁を叩き返したり、声をかけたり、なんて事はしたくなかった。まともな話が通じないアブナイ相手、という可能性だってある。ここは受付まで出向いて事情を説明し、部屋を変えてもらうのが良いだろう。よし、そうしよう。

と、自分の中で決定して、それまで見ていた動画を停止し、ヘッドホンを頭から外して立ち上がった。

立ち上がってすぐに気付いた。

……音がしない。

いや、店内に流れるBGMは聞こえている。それはいい。問題は今の今まで聞こえていたカリカリというあの音がまったく止まっている事だった。

思わず壁を見る。そこから聞こえていたはずの異音は、やっぱりしない。

隣の奴がおとなしくなったのか?

ならば良し、と座り直して再びヘッドホンを装着した。

とたんに聞こえてくるカリカリカリという音。

壁を見た。やっぱりそこからしている。

ヘッドホンを外す。音は止まる。

愕然とした。

ちょっと待て、どういう事だ。OK落ち着け。これはたぶんあれだ、ヘッドホンの故障だ。そうに違いない。

が、もうひとつ気がついた。見ていた動画は既に止めているのだ。つまりヘッドホンからは何も聞こえないはずである。

……故障だ、故障。

自分に言い聞かせつつ、そそくさと部屋を出る。見たくなかったが、隣の部屋のドアも見た。そこにあるプレートは「空室」になっている。やっぱり見るんじゃなかった。

そのまま漫画喫茶からも出て、まっすぐに家に帰った。

今でもあれはヘッドホンの故障だったと思っている。

しかし、この後あの漫画喫茶には行く気になれずにいるのも事実である。