寝歌

黒木さん(仮名)は、最近寝起きがスッキリしない事に悩んでいた。

朝起きると、どうにも身体が重いのである。喉もいがらっぽいし、怠い。疲れが取れている気がしない。

途中で起きているわけでもないし、夢も見ていない、と思う。

なのに、どうにも深く眠れている気がしないのだ。

……睡眠時無呼吸症候群、とかいう奴だろうか。

TVやネットで見た知識から、ふっとそんな単語が頭に浮かんだ。

単に眠りが浅いというならまだいい。しかしもし病気だったら……

心配になった黒木さんは、とりあえず医者に行く前に、自分が寝ている姿を確認してみようと思った。

寝る前に枕元にビデオカメラをセットし、それで寝ている自分を撮影する。

真っ暗にしてしまうと何も映らなかったが、常夜灯の小さな照明を点けている状態なら、手持ちのビデオカメラでもなんとか映像が見れる事を事前に確認すると、黒木さんは早速その晩撮影してみる事にした。

そして翌朝。

目覚めた黒木さんは、撮れた映像を再生する。

最初はもちろん、ベッドに寝ている黒木さんが映っていた。

いびきをかいているわけでも、歯ぎしりをしているわけでもない。それどころか殆ど動いてすらいなかった。ただ、静かに寝息を建てているだけだ。

変化が起きたのは、深夜の2時を過ぎたその時だった。

いきなり、それまで寝ていた黒木さんの身体が起き上がったのだ。

映像の中の黒木さんは、ベッドの上で立ち上がると、ゆっくりと窓の方を向いた。眠っているとは思えない、ごく自然な動きだった。

そして、歌いだしたのだ。

高くもなく、低くもなく、普段と同じような声色で、淡々と歌う。

まったく聞いたこともない、知らない歌詞だった。

歌っているその時の顔は、セットしたカメラの角度的に映っていない。胸のあたりから上は、フレームの外だ。

5分ほど、映像の中の黒木さんは歌い続けると、また自然な動作で布団に戻った。

あとは……朝まで動かなかった。

映像を見終えた黒木さんも、しばらく動けなかった。

寝ている間の記憶は、まったくない。歌った覚えもない。そもそも知らない歌を歌っているのだ。

ところどころ拾えた歌詞をネットで検索してみたが、何の情報も得られなかった。

黒木さんは……迷ったが、何もしない事にした。

医者に相談する気にもなれず、かと言って自分がなんで寝ている時にそんな行動を取るのかまったく分からない。

というより、分かりたくもなかった。

撮影した映像も消し、また寝ている自分を撮影しようとも思わなかった。

今でも黒木さんは、寝起きのだるさを感じているそうである。