異煙

葛西さん(仮名)が小学校の頃の話。

夏休み、葛西さんは家族と父親の実家に帰省していた。

ちょうどお盆の時期でもあり、ある日、家族皆で墓参りに出かけたという。

真夏の最中のお昼ごろ、一日でも最も暑い時間に葛西さん達は町営の共同墓地に到着した。

小高い丘ひとつが、まるごと墓地と自然公園になっている、そんな場所だ。

葛西さんの家の墓も、当然その中の一角にある。

到着早々、家族皆で手分けして、墓の掃除や草むしりを始めた。葛西さんは持参したバケツに水を汲んでくるよう言われ、水道のある場所へと駆け出す。水場は駐車場から墓に来る途中にあり、皆で前を通り過ぎてきたので、葛西さんも道順は覚えていた。

行きは、問題なかった。

水場でバケツの中ほどまで水を汲み、それを両手で持ってえっちらおっちら歩いて戻っている時の事だ。

……あれ? こんな所通ったっけ?

まわりを見る葛西さん。

なんだか、来る時に見た道と、違う気がする。

迷ったのかと焦ったが、見晴らしの良い場所であり、そもそも水場と葛西家の墓はそれほど離れているわけでもない。子供の足でも数分の距離だ。来る途中でも、振り返れば家族の姿は幾多の墓の間にチラチラと見えていた。

そう思って、もう一度注意しながらあたりを見回す。

ピタリと、ある一点で視線が止まった。

家族の姿をみつけたから、ではない。

すぐそこに、ひとつの墓らしきものがあった。

らしきもの、というのは、見えなかったからだ。

そこだけ、背の高い草に覆われていて、墓が、墓石が見えない。ただ、前後左右には普通に墓があり、それらと同じスペースの分だけ、綺麗に真四角のスペースで名も知らぬ雑草が密集して高く生え、内部を隠していた。

まるでそこだけ、周囲から浮いたように……いや、実際に周りの風景から浮いている。

来た時、こんなのあったっけ?

ひと目でも見たら忘れないだろう。それくらい変だ、これは。でも葛西さんは初めて見る。

やっぱり道を間違えたんだ。

そう思った。そうとしか思えない。

戻ろう、戻らなきゃ。

じりじりと、そのおかしな草むらに目をやったまま、後ろに下がる葛西さん。なんとなく、目を離したらいけない気がした。何故かはわからない。

そのまま、数メートル程離れた時、周囲に風が吹いた。

ざわざわと草が揺れる。

と……その中から、薄い煙が漂ってきた。線香のそれに似た、細い煙だ。

煙はまっすぐに葛西さんの脇を通り抜けた。

つん、とした香りが鼻に入ってくる。

明らかに、線香の匂いではなかった。

どこかで嗅いだことのあるような……なんだったっけ、そう、そうだ、これは……

──髪の毛の焦げる匂いだ!

限界だった。

悲鳴を上げて逃げ出す葛西さん。

どこをどう走ったのかは覚えていないが、すぐに家族の所に辿り着けた。

泣きながら今見たものを話す葛西さんに、家族は眉を潜めていたが……とくに怒られはしなかった。1人でお墓を歩くのが怖かったんだろうと、おそらくはそんな風に思ったに違いない。

放り出してきたバケツは、おじいちゃんが拾ってきた。そんな草ぼうぼうの墓地は見なかったそうだ。

葛西さん自身も、再び同じものを見ることはなかった。

その後も毎年墓参りをしているが、葛西さんがそれを見たのは、あの暑い夏の日だけだという。